プログラム評価『論』のむつかしさ

今年の8月に非常勤講師を担当した大学院科目であるプログラム評価論(東京大学大学院教育学研究科)の授業評価の返却があった。非常勤講師というよりは自分自身が学習者のつもりで毎年臨んでいる授業である。おおむね良好(というか平均的)な評価であったが,なかにはプログラム評価の実践方法をワークのなかで学べたが,大学院のプログラム評価『論』の授業としては物足りないという主旨の建設的な批判も頂いた。実践ありきのプログラム評価だけでなく,『理論』や方法『論』をしっかりとマスターしたいというニーズがあったということである。昨年度の授業内での振り返りでも,プログラム評価はあまり興味がわかなかったが,プログラム評価『論』には非常に興味を持ったというコメントがあった。理論・方法論に興味がある自分自身としては非常にうれしかった記憶がある一方で,リーディングやディスカッションを通して,「論」の部分をより深く掘り下げる必要があると感じた覚えもある。

プログラム評価という実践・研究そのものは掴みにくい。そしてプログラム評価『論』に関しては,評価という行為の背景にある科学的な認識論(エピステモロジー)の理解や評価の対象となる『価値概念』の多様性の議論のほか,評価の考え方や評価活動に関する是非や文化的背景による違い(例:日米),そして実証的な社会科学の方法論や知識・能力・スキルなどの測定法(心理測定)の基盤についての議論が最低限必要となる。これをプログラム評価の『実践』にやはり多くのニーズがある授業のなかでどのように展開していくか,が今後の授業改善の課題であると考える。